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2010年4月12日 (月)

今読んでゐる本の内容で思ふ

現在、吉田修一氏の「横道 世之介」を読んでゐる。
吉田氏は長崎県のご出身、法政大学御卒業といふ「高校まで地元で過ごして大学から東京に出てきた」といふ、地方の方々の辿る典型的な上京のしかたをしてゐる。
これは別にだうでもいい。
地方から東京に出て来られた方々に共通する「東京観」といふものがあつて、この「横道世之介」にもそれがよく現れてゐる。
まづ
「東京」をテレビ画面に映る「一部分」しか観たことがないのに、テレビ画面に映つたもので「東京」を知つた気になり判断する ← 実際上京して、テレビと違ふところがあると文句をホザくか期待ハズレの感をにじませる 
それから
「東京では引越しの挨拶をしない」「東京では近所づきあいをしない」と「聞き込みした虚実」に基づき行動する。← 実際、アパートなんぞに一人暮らししてゐるのは大抵が地方出身者なのであるから、そいつらが挨拶しなかつたり近所づきあいをしないだけなのである。
なので、「東京」と東京そのものを現はす言葉を使ふのは間違つてゐて、「東京に住んでゐる」人といふべきなのである。
一番腹が立つのは、勝手に自己都合で東京に出てきておきながらエラさうに「東京はさういふところだからね」と挨拶しなかつたり近所づきあいしないことなどをけなすやうに言ふ田舎者です。
東京に昔から住んでゐる人たちは挨拶も近所づきあいもありますよ。オマエらがその中に入れづに田舎者同士で勝手に挨拶も付き合いもせづに「東京はさういふところだからね」と決め付けてゐるに過ぎないの。
よく自覚しろ

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