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2010年5月24日 (月)

昔からあつた問題だと思ふが・・・・・・

日米安全保障条約(米軍基地)、自衛隊の存在意義、日本国憲法九条に関はる問題は昔からあつたと思ふ。
なんだか今更、今回の民主党「素人マニフェスト」にかこつけて言はれても・・・・といふ気がする。
特に、「自分たちは常に関係ない」姿勢のマスゴミに言はれると鳩山氏から言はれるよりも
ハラが立つ。
てか
こんなことは、普通「義務教育」の一環として「国を守ることは自分の身を守ることに繋がる」として教え考えさせることでは・・・・?
「国を守る」とか遠まわしな「自分関係ない」表現を使ふから、いつまで経つても「無関係」視点が消えずに、危機管理も出来ないのであらう。
「国を守る」=「国民で闘う人が出てくることが必要」=「その国民は誰なのか」=「自分の近辺に来たらまづ自分で自分の身を守るしかない」=「自分の身を自分で守ることを認識し、実行可能状態を保つ」=「他県との相互協力」=「国を守ることを国民が自分たちで考える」
といふ流れになると思ふのだが。←かういふ意見には、必づ「軍国主義の復活だ」「近隣アジア諸国の気持ちを考えて」などとエセ人権論者が出てくるが、こいつらこそ、平和ボケと他人事態度を作り出してゐる元凶だ。
個人的に見ていつまで経つても、「誰かが何とかしてくれるだらう」意識が消えない記事だと思ふ。
【from Editor】本気で防衛論議を (1/2ページ)
2010.5.24 07:05
このニュースのトピックス:from Editor
 普天間基地移設問題は約束の5月末決着が先送りされ、問題の本質がますますぼやけてしまった。
 本来は、普天間基地周辺住民の安全と騒音問題を解決することが目的だったのが、鳩山内閣のおかげで、安全問題も騒音問題も解決されないまま、「公約違反の責任論」ばかりがかしましい。周辺住民の方々にはお気の毒というしかない。
 しかし、こうなってよかった面もある。それはこの国をどうやって守るのか、という国家防衛の根本問題について、いくばくかの議論が起こっていることである。自民党政権のまま、すんなりと辺野古に移転していたら、鳩山首相も「海兵隊は抑止力のために必要」という認識を持ちえないまま国会議員を続けていただろう。
 多くの国会議員をふくむ、平和ボケ、防衛音痴といわれる人々が、少しでも防衛問題に関心をもつようになるのは大歓迎だ。ことのついでにもう一歩踏み込んではどうだろうか。例えば、以下のような問いを設定してみるとよい。
 (1)在日米軍は日本の防衛と極東の安定にどれだけ貢献しているのか(抑止力についての勉強です)(2)国を守るためには軍隊が必要だが、軍隊の保持を禁止している憲法はこのままでいいのか(国民投票法も施行されました)(3)軍隊があれば基地がある。となれば基地は必要だが、自分の周辺に基地があるのはごめんだ、でいいのか(全体の幸福と地域エゴの矛盾ですね)
まだある。(4)自分の国を守るのに、いつまでも他国の軍隊に頼っていていいのか。仮に頼るにしても、国家防衛の中心は自国の軍隊ではないのか(誰が何のために国を守るのかということです)(5)北朝鮮が核の保有を声高にいっているのに、これまで通りの非核三原則でいいのか(国を守るというのは現実論なのです)
 かつては非武装中立を叫んだ党も、いまや与党であるし、その昔、ソ連軍を世界の平和を維持する軍と言った政党もあったと記憶する。そうした戦後の残滓(ざんし)を何ら清算せずに、「県外」「国外」と叫んでみても、防衛問題の根本は解決しない。
 われわれの住むこのかけがえのない日本をどうやって守るのか、それにはどの程度の武器と人員と予算が必要であるのか、また、国民の防衛意識はどうあるべきなのか、国会はそういうことを、一度ぐらい真剣に、そしてとことん論じあってみたらどうだろう。(編集委員 大野敏明)

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