« 澤乃井 木桶仕込 彩は(いろは) | トップページ | 本日のお夕食の結果 »

2010年10月31日 (日)

謝罪の前に

事実としてあつたこととさうでない「でつちあげ」をきちんと検証すべきです。

なぜ、「朝日新聞が報道した日韓併合の真実」とか「韓国は日本人がつくった」等の書物が当時の文献を元に発刊されてゐるのか? これは自民党の大罪でありますが、きちんと史実に基づいた事実検証をしなかつたのが、最大のミスであり日本国として反省すべきところです。

犯罪を犯しても無いのに、「犯罪をした」とでつちあげをする相手に謝罪する必要はありません。

マスゴミは下記のやうな記事を書く前にまづ、その点をきちんと検証・糾弾すべきです。

事実は何なのか。これをきちんと検証していかないと「うそを吐いたはうが勝ち」と言ふ今までの嘘つき民族の論理に巻き込まれます。なんで「真実を伝へるジャーナリズム」・「権力の監視のジャーナリズム」を振りかざすマスゴミが最初に事実を検証しないのか大変不思議です。

マスゴミは自分らで事実検証をする気も無く、ただ「政府や官公庁が流してくれる情報を放送する」広報であるのなら、マスゴミとしての会社をタタミ「民間官公庁機関」として開店しなおすべきです。

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101031/plc1010311202006-n2.htm

【安藤慶太が斬る】拝啓 岡崎トミ子国家公安委員長殿 日本の過去よりまず自分の過去と向き合うべきではないですか? (2/7ページ)

2010.10.31 12:00

通用しないとりあえずの謝罪

 わが国では謝罪はしても、非は認めていないことがままある、非は認めないがとりあえず謝ってその場を収めることを好む雰囲気が確かにある。

 例えば「世間をお騒がせして申し訳ない」という謝罪の常套(じょうとう)句がある。これだって、頭は下げているのだが文脈によっては暗に「騒ぐ世間が間違っている」と言っているに等しい場合がある。

 そこをあえてほじくり返したり、詮索(せんさく)したりせずに丸く収める。それが私たちの知恵であり実際、そうして済ませる場面は身の回りに確かにある。

 だが、こうしたやり方が国際的に通用しないことは理解しなければならない。

慰安婦をめぐる河野談話然り、村山談話然り、菅談話然りである。

 とりあえず謝ってしまうと、どういう波及があるか。これはよく考えておかねばなるまい。とりあえずの謝罪は非を認めることを意味し、信じがたいほどの巨額訴訟を吹きかけられたりする。日本人自身がいつまでもおとしめられ続け、耐え難い屈辱の日々を余儀なくされるのである。

反日デモ参加への釈明

 前回のこの欄で仙谷官房長官の謝罪が全く謝罪に値しないことを指摘したが今週、考えさせられたのは岡崎トミ子国家公安委員長である。

 岡崎氏は平成15年2月、ソウルの駐韓日本大使館前で、韓国の慰安婦支援団体主催の反日デモに参加。民主党が野党時代には、元慰安婦に日本が国家として謝罪と金銭支給を行うための「戦時性的強制被害者問題解決促進法案」を繰り返し国会に提出していた政治家である。

その岡崎氏が国の治安を預かる国家公安委員長に就任するという事態になっている。

 就任のさい、菅首相は反日デモ参加について「本人も過去の言動に配慮に欠けた面があり、誤解を招いたことについて深く反省をし、以後、注意をしており、内閣の方針に従って職務に邁進(まいしん)していくという旨を表明されております」と岡崎氏を弁護していた。

 一体、岡崎氏は何に反省しているのだろうか。

少し長くなるが岡崎氏の国会答弁をまとめる。

 《2003年、私が韓国に参りましたのは、慰安婦とされた過去の戦争の問題に関して、人の心がたいへん踏みにじられていた。私どもは日本の中で戦後の問題、過去の問題について取り組むことが大切だというところで、私たちの活動を説明に参りました。その場所では、韓国全土から慰安婦とされたおばあさんたち、被害者の皆さんたちがそこに集まって来られるということで、私はその報告の場に参加をしました。

 私は一応自分の旅費で参りましたけれど、参加したときには空港の送り迎えについてはもちろん、公用車を使用させていただきました。これは国会の活動について報告に行くということで、あくまでも活動の報告だと思っております》。

 もう少し岡崎氏の釈明を聞いてみる。反日デモへの参加について岡崎氏は国会議員としての活動だと認めている。しかし、それは「戦争の被害にあった皆さんからしますと、自分たちの要求について、ぜひ自分たちの願いを聞いて欲しいという気持ちの場」に参加したのであって、デモの場で「日本反対」、国旗にバッテンの付いたポスターが掲げられていたことを自分は知らなかった-と述べたのだった。

 それが新聞に取り上げられ、私の後ろにそのモノがあったと新聞の報道を見て初めて知った。新聞には「日本政府を糾弾する岡崎トミ子議員」というキャプションが付いていて、「そうなんだな」と思った-というのだが、「私自身はまったく日の丸にバッテンは無関係」だとして抗議はしていない-というのだ。

 日本国の国旗国歌を皆が尊重することについて私は大事だと考えている。その上で一連の出来事について「誤解を与えたということについて、反省をしている」と述べたのだった。

何を反省しているのか

 これでは何に反省しているのか、よく分からない。日本の過去に反省を求める人たちが自分の過去にはめっぽう甘かったりする。誤解とは何か。実は岡崎氏は反日デモに参加したことをいまなお正しいと思っているのではないか。

 法務委員会での稲田朋美議員(自民)との質疑を要約する。

 稲田氏「反省の内容だが、抗議をしなかったことを反省しているのか。何を反省しているのか。デモに参加したことは反省していないということか」

 岡崎氏「誤解を受けたことについて、『残念だな』と思って、その点反省をしている」

 「私はまっすぐに自らの国会における行動、活動を報告に行った。それでまっすぐに、例えばマイクを持って私どもの活動を報告した。それが全て。その後、写真がそのような結果になっていたが、それは私の責任ではございません。そういう思いの人たちが韓国の中にいたということで私には無関係だ」

 稲田氏「質問に答えてない。いつ誤解について気が付き、誤解を解くためにどんなことをしたのか」

 岡崎氏「私はまっすぐな自分の活動だと当時は考えていた。それで報道で誤解をした方がいらっしゃったので、それについて反省をしたということで、それ以上でもそれ以下でもない」

 稲田氏「誤解を招いたとはあなたがおっしゃっていることだ。何に対する誤解を招いたのか。何が誤解なのか。あなたが反日デモに参加したことは誤解でも何でもない。そこに「×」の日の丸があったことが誤解なのか」

どこがまっすぐなのか?

 反日デモに参加したことを岡崎氏は何ら反省していないのである。自分が反日と見なされるのは新聞による誤解だというのだが、ならば、自分の行動について国民を惑わすように反省などといった言葉を持ち出さずに、まっすぐに日本の過去を非難し続ければいいではないか。これは「誤解」「反省」という言葉をもてあそびながら国民の目をごまかしていることにならないだろうか。

 岡崎氏は28日の参院内閣委員会で、韓国人などの元外国人慰安婦について「名誉や尊厳を回復する措置をしっかりとしていきたい。(金銭支給も)含むものとして検討していかなければならないと思う」と述べ、新たな個人補償を検討したい考えを示したのだった。

 政府はこれまで、先の大戦にかかわる賠償、財産、請求権の問題はサンフランシスコ平和条約と2国間条約で対応しており、新たに個人補償を行うことはできないという立場を堅持してきた。岡崎氏の発言はこれを大きく逸脱しており、政府の方針に従って職務に専念する菅首相の発言と矛盾することもいうまでもない。

 私は岡崎氏に日本の過去よりもまず自分の過去と向き合うべきだと思っている。今、中国では多くの反日デモが行われている。これは日本の治安とも無関係ではない。日夜警察も情報収集に努めているはずである。慰安婦や日本の過去をめぐり、日本を指弾し糾弾するデモが国内で起きれば、それは日本の国益を損ないかねない事態であり、日本の警察は組織を挙げて重大な関心を払う。

 ところがその警察組織を指導監督する立場の国家公安委員長がこうした反日デモに参加する意義を国益にかなっているといってはばからないのである。これでは警察活動は成り立たない。わが国の治安の脅威ではないだろうか。

 (安藤慶太=社会部編集委員)

|

« 澤乃井 木桶仕込 彩は(いろは) | トップページ | 本日のお夕食の結果 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事