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2011年12月22日 (木)

七世松本幸四郎襲名百年 十二月歌舞伎公演 於 日生劇場

夜の部 観劇してまゐりました・・・・

お席は

前から二番目の花道の脇といふ、とんでもなく近い場所であつたが

(* ̄ー ̄*)

少し首が痛くなつた。・・・・ (見上げる形だつたので) (゚ー゚)

それはさてをき

演目

一、錣 引 (しころびき)
   摂州摩耶山の場

二、口 上

三、歌舞伎十八番の内 勧進帳

七世松本幸四郎は、市川 染五郎丈、尾上 松緑丈、市川 海老蔵丈の曽祖父であられ歌舞伎をはぢめ、日本初のオペラや翻訳劇にも出演した近代の名優であり、明治44年その年に開場した帝国劇場に於いて七世 松本幸四郎 の襲名披露興行が行はれた。その襲名から百年目にあたる今年、それを記念して曽孫三人を中心とした顔合わせにより上演された、今回の公演である。

演目はいずれも、七世幸四郎ゆかりの作品とのこと。

口上の際に、七世幸四郎の肖像が掲げられてをりました。

・・・・・ 整つてるな~・・・ (曽孫を見ればいやでもわかるのだが)

ここに、近代日本のイケメンの画像を淡々と貼っていく  http://hamusoku.com/archives/6501457.html

とあるのだが、歌舞伎役者が入つてゐないのがものすごく不満。 海老様のお祖父様は超美形!!  ↓ 成田屋サイトより

11juichidaime

物凄く話がズレましたが

久しぶりに歌舞伎を観ました。。。。。 海老様が好きなので、あの美しさと声と立ち姿とすべてが好きなので

海老様が7月に復帰して以来・・・ お正月は大阪なんだよな・・・・ 日帰りで行かふかな

一、錣 引 (しころびき)
   摂州摩耶山の場 は、河竹黙阿弥の作である。 摂州摩耶山の麓。源氏方の木鼠次段太は平家の重宝蛭巻の長刀と名鏡を奪ふため、平家の参詣一行を襲ふ。次段太は平家方の伏屋と争ふ内名鏡を摩耶山の谷底に落としてしまふ。一方谷底では乞食姿に身を窶した平家の悪七兵衛景清と虚無僧姿の源氏の三保谷四郎がたき火を囲んでゐる。二人が身の上話を語るところ、名鏡が落ちてくる。やがて名鏡を追つて伏屋と次段太が現れるが、雲が月を遮る。一同は、暗闇の中名鏡と長刀を探り合ふが・・・

河竹黙阿弥氏の作品は、好きな作品が多い。この演目はきつと、長い作品の一場面であると思ふので、中途半端な感ぢがしないでもないのだが。

しかしながら・・・ 歌舞伎を見ると、日本の歴史の長さに気づきます。

今から400年前にさかのぼり歌舞伎がずつと演じられてをりました。その演目には上記のやうに「源平の合戦」的なものが多くあり、「すでに歴史」になつてゐたものを上演してゐるのです。

これは、すごいことです。 今の時代に12-3世紀のことを歴史物として演じるより前に、17-8世紀にすでに歴史物として演じてゐたのです。

日本人はもつと自国の歴史と文化に誇りをもつていひ!と思ひます。

特に歌舞伎を見ると「鎖国」されてゐた状態で外国の直の影響がほとんどないので日本人がいかに知恵を使つてきたかよくわかります。

衣装、化粧、歌舞伎の型・・・ 歌舞伎には日本人独特の知恵と美的感覚他すべてが凝縮されてゐるやうに思ひます。

歌舞伎を知らない、興味が無いと言ふ方は一度、一等席といふ一番高い席でまぢかで見てほしい。なぜなら「日本人」が見られる貴重な場だからです。

衣装その他のほかに、歌舞伎役者には「代々」の日本人の美形が集まつてゐます。浮世絵のきれいな姿が、そのまま現代にゐるのです。

これはある意味、奇跡と思ひます。 世襲といふ技がこの「美」を400年にわたり繋いできたのでせう。(歌舞伎役者を見ると、日本人のもともとの顔が美しかつたことがわかります)

それを証明してくれたのが 

三、歌舞伎十八番の内 勧進帳 である・・・・

勧進帳のあらすぢについては、今更おホザキするまでもないと思ひますが・・・
頼朝により追討されることとなつた義経が逃げ落ちていくのだが、家来である武将と弁慶が山伏の姿に扮し義経をなんとか関所を越えさせやうとする話。。。

関所の関守富樫左衛門の家来に「義経に似てゐる」として一度は通る許可を得たはずの関所に待つたをかけられ、弁慶は義経を「のろまの強力」としてメツタ打ちにする。それを見た富樫は関所を通ることを許可する・・・  (これが実話か否かしらんが実話であれば富樫は「義経と知つてゐて通した」と思ふ。日本人とはさういふものだ。個人的には頼朝は大嫌いだ。小さすぎるし、だから政子にいひやうにされたのだと思ふ)

話がズレまくりだが

勧進帳は弁慶が團十郎丈で2回拝観ゐたしました。 助六も團十郎丈と海老蔵丈それぞれ拝観ゐたしましたが

正反対

なのだ

これは、性格によるものではないか? と思ふ。。。。 年齢によりだう変はるのかは不明だが

助六と弁慶の、團十郎丈と海老蔵丈の違ひは共通点がある

「静と動」

なのである。・・・・・ 良し悪しはあたくしは素人なので、わかりません。しかしながら素人が観てはつきりわかる

静と動

物凄く対照的な助六と弁慶が見られます。

個人的には

助六は海老蔵丈のはうが好き。 喧嘩ッ早くてべらんめえの江戸ッ子の助六は、「動」の激しい海老蔵丈のはうがいひ。

「動」が激しい助六だからこそ、女である揚巻は年寄を蹴飛ばして助六にあからさまに肩入れ出来るのである

( ̄ー ̄)ニヤリ

弁慶は。。。 けふ、初めて海老様の弁慶を見た。過去2回團十郎の弁慶を見てゐる・・・

さうだなあ、弁慶は、「静」の部分が欲しいかなぁ。。。

なにより、弁慶は生涯の主と決めた義経とともに逃避行であり、義経の絶対絶命のところなので

團十郎丈の「静」の部分のはうが何か、「自然」に思へた。

海老蔵丈の「荒々しい」弁慶も、いひのだが・・・・ なんて言ふんだろ、海老蔵丈の弁慶は

のやうであつた・・・ 激しく、飛び込んだら絶対に助からない滝

そんな、激しさがあつた

團十郎丈の弁慶を見てゐたせいか、その激しさが義経救済にはだうなの?と思つてしまつたが

いざとなれば、主君を絶対に助けなければゐけないのだから

滝の激しさが無いのは困る。團十郎丈の弁慶は、「滝の激しさ」を内に秘めてをり海老蔵丈の弁慶は外に出してゐるやうな、そんなかんぢがした

どちらが良いとか悪いとかありません

見るはうの好みで評論など書かれるものです

きつと

心情の表し方 が 違ふのです。

絵を描いたり、写真を撮つたりする際に

伝え方が違ふ

のとおなぢ

なのでそれぞれの弁慶でよひのです・・・・ 

と思ひました

海老蔵丈はフランスで妥協せずに花道を作り忠実に演じられたので
元々「滝」なのだと思ふ

海老様の弁慶があまりに強烈だつたので

24日の夕刻も行くことにゐたしました

海老様には

物凄い、悪役を演じてほしいな

と思つたのも弁慶を見て

今 

松本清朝の 「網」 を読んでゐる

執筆した時代が時代なので、登場人物が出兵した経験がある人ばかりとなつてゐる

主人公の小説家、小西は地方新聞社の社長となつてゐる沼田から小説寄稿の依頼を受ける。沼田は軍隊でも抜け目のない、要領のいひ奴であつた。その沼田の地域で選挙があり、選挙違反で数名が逮捕されるが沼田はうまく免れる

沼田は候補者から堂々と大金をせしめて裏切り、選挙違反を免れると同時に候補者を落選させたゐたのであつた。。。。

今読んでゐるのはここまで。

けふ

海老さまの弁慶を見て

こんな、沼田のやうなずるい徹底的な悪役を演じてほしい気がした

海老様は

見る角度により顔が変はるといふ

「男にも女にもどんな顔にもなる」

すごい人

みたいだつた

江戸川乱歩の、怪人二十面相 を演じてほしい。 変装だけでなく人格も変はる演技をできるのは海老さましかゐない・・・・・

海老様とおでんと魚と日本酒で呑みたい

( ̄ー+ ̄) シヤンパンが空いたりゐべより。。。

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