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2012年5月22日 (火)

ツイツタアの憲法議論を見て、思ふ

先日、似たやうな題名で投稿した。

その議論は、まだ続いてゐる。しかも、一人がその中に入つてきた。この方もなんか著名な方のやうである。

「石原都知事が憲法の無効を述べたことについて新無効論が理解されたと言ってる人が何人もいたが会見を見ると「廃棄して新しい憲法を」と言っているから新無効論ではない。これまで有効説だhttp://web.kyoto-inet.or.jp/people/ytgw-o/twittertyuukei03.htm」を読んだ。石原氏は明治憲法復活の方法を調べてゐる。無効だから破棄と言つてゐるのだと思つてた。違ふのか?

また、別の人のツイイトで違和感を感じるものがあつた。

「日本国憲法が憲法と言う認識は、人間の誤認識ですよ。人為的に憲法ではないものではないものを憲法と言い張る言説は設計主義者の発想です」に対して「設計主義」の言葉の定義や「人為的の言葉の使い方が違う」の返答は論点がズレてゐて、会話になつてない。

主張に対して理由を問ふとか反論はわかるが、意見に対して返答が論点をずらした質問になつてゐるので、きつといつまでも話はまとまらないだらう。最初から会話(議論)ではないのだ。これは会話を避けてゐるのかそれともかういふ返答の仕方しかできないのか?

国民は今まで「日本国憲法が憲法」だと思つてきた人が多い。明治憲法を知る世代から交代してゐるからだ。気づいたら、日本国憲法が憲法として存在し適用されてきた。

そして明治憲法を知るも、日本国憲法の敵役のやうに教へられる。なので憲法改正といふと日本国憲法を改正する発想になり明治憲法を 復活させる発想がない。

石原氏が「憲法を破棄」と発言した時にかなりの人が驚愕しただらう。しかし、明治憲法の本来を意義と条文、その意味するところをきちんと勉強し、同時に日本国憲法の本当の意味するところも勉強したら国民の考へはだう変はるだらうか?

両方を勉強した上で明治憲法を復活させることに対する議論を日本国憲法改正の代はりにしたはうがいいのではないか?

さうでなければ、日本国としてをかしい。憲法とは何かを追求し先人たちが8年もかけて作り上げた物があるだから、それを今国民がきちんと正しく勉強し考へるべきではないのか?

双方の議論の専門的なことまでは勉強不足だが、とりあへず双方をフオロウしてこれから見比べてみる。

しかしまあ

日本国でおなぢ憲法の話をするのに、なんでこんなことでもめないといけないのか?

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