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2012年6月14日 (木)

寛仁親王殿下薨去につき謹んで哀悼の意を奉じます

けふは 寛仁親王殿下斂葬の儀 である。 (疑問だが、「~さま」ではなく 「親王殿下」ではないのか? ついでに言ふなら「彬子さま、瑶子さま」ではなく「彬子内親王殿下、瑶子内親王殿下」ではないのか? )

有楽町の各ビルは、弔意を奉じてゐたり、半旗を掲げてゐた。

Photo

薨去の日に財務省が堂々と国旗「掲揚」してゐた写真がツイツタアでリツイされてをり、呆れた・・・・

財務省他はけふ、だのやうに国旗を揚げてゐるのだらうか? 

そして、マスゴミの下記の報道も間違ひがあるやうだ。 竹田 恒秦氏のツイイトによると

下記のやうにマスゴミへ間違ひを訂正されてゐる。

https://twitter.com/#!/takenoma 

【拡散希望】【報道関係者へ】寛仁親王殿下は正確には「三笠宮」ではありません。正確には「寛仁親王殿下」と申し上げます。さらに正確にいえば「寛」の字は一角多い「寬」(表示されていなければすみません)が正しい字です。また皇室典範の規定により「さま」ではなく「殿下」を使用すべきです。6月6日

【拡散希望】【報道関係者へ】皇族がお隠れになった場合は「逝去」ではなく、「薨去(こうきょ)」を用います。くれぐれも間違いのないように対応してください。

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それにしても、下記の記事の日本語はをかしくないだらうか?

敬語が全然使はれてゐない。 敬語が出来ない人が記事を書いてゐるのか?

マスゴミは日本にふさわしくない。

http://www.excite.co.jp/News/society_g/20120614/Jiji_20120614X925.html

「ひげの殿下」静かにお見送り=彬子さま、瑶子さま涙―寛仁さま斂葬の儀

2012年6月14日 12時43分                                    

 皇族墓所の豊島岡墓地(東京都文京区)で14日厳かに営まれた三笠宮家 ← 上記竹田氏のツイイトによると、間違ひ 寛仁(ともひと)さま ← 漢字も違ふ、「親王殿下」の本葬「斂葬(れんそう)の儀」。喪主の長女彬子(あきこ)さま、次女瑶子さまは涙を流し ← 流され、車いすで参列した←ご参列になつた、ご参列された 両親 ←ご両親三笠宮ご夫妻も2002年の高円宮さまに続くお子さま逝去 → 薨去 に、終始沈痛な表情を崩されなかった。

 「ひげの殿下」として親しまれた寛仁さまのひつぎを乗せた霊車は午前9時35分、豊かな木立に囲まれた墓地に到着。雅楽の葬送曲の道楽(みちがく)が流れる中、顔を肩までかかる黒いベールで覆った←覆われた 彬子さまに続き、瑶子さまらが霊車の後ろをゆっくり歩いて ← 歩かれ 葬場へ進んだ ← 進まれた 。三笠宮さま(96)、同妃百合子さま(89)は参列席から徒歩列を見守った ← 見守られた

 雅楽の荘厳な調べがやみ、会場が静寂に包まれた後、寛仁さまのひつぎが葬場奥に設けられた喪輿(そうよ)に安置された。午前10時、「葬場の儀」が始まり、相馬和胤司祭長が大和言葉で祭詞を朗読。「福祉の現場監督」を自任し、障害者スキーをはじめ社会福祉に積極的に取り組んだ故人の生涯が読み上げられるのを、彬子さまは手をじっと前に組んだまま聞いた。← 組まれたまま御聞きになつた

 天皇、皇后両陛下の使者に続き、彬子さまがひつぎの前に進み深々と拝礼。三笠宮ご夫妻も車いすに乗ったまま拝礼した

 宮内庁関係者やゆかりの人たちらが拝礼の列をつくると、彬子さまと瑶子さまはこらえていた涙を見せた。 

↑ 下の2段落については、直す気が失せた

ヤレヤレ ┐(´(エ)`)┌クマッタネ

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