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2012年8月18日 (土)

八月花形歌舞伎 夜の部

先に昼の部を投稿したが、きのふは夜の部を拝観した。

四世 鶴屋南北 作 文化12年(1815) 江戸河原崎座で七世市川團十郎が初演。昭和54年に三代目市川猿之助(現・猿翁)が復活上演した後、再演を重ね「三代猿之助四十八撰」の一つとなつてゐる。海老様の上演を見るのは今年で2回目。

慙紅葉汗顔見勢 
 三代猿之助四十八撰 伊達の十役 市川海老蔵十役早替り宙乗り相勤め申し候

発端   稲村ヶ崎の場
序幕   鎌倉花水橋の場
      大磯廓三浦屋の場
      三浦屋奥座敷の場
二幕目  滑川宝蔵寺土橋堤の場
三幕目  足利家奥殿の場
      同  床下の場
四幕目  山名館億書院の場
      問註所門 前の場
             同  白洲の場

十役 (仁木 弾正、絹川与右衛門、赤松満祐、足利頼兼、土手の道哲、高尾太夫、腰元かさね、乳人 正岡、荒獅子男之助、細川勝元)を侍から坊主、女形と早替りで演じわけるところが、見どころ。すれ違ひざまに入れ替はるすごさ、ただ驚嘆・・・・

題材は仙台藩のお家騒動らしい。

あらすじ・・・

足利家の重臣 仁木弾正は父赤松満祐の亡霊に出会い、亡父の大望である足利家打倒を決意する。

その後、弾正は大江鬼貫(おにつら)と結託し、当主頼兼を傾城高尾太夫にいれあげさせる。絹川与右衛門は忠義のため自らの妻かさねの姉である高尾を斬り殺し、ついには高尾の例が乗り移ったかさねをも手にかける。

頼兼の放蕩により家督を相続した幼君 鶴千代を乳母 正岡が守護してゐる。栄御前が鶴千代に差し出した菓子を、正岡の子千松が代わりに口にして苦しみだす。弾正の妹八汐になぶり殺しにされる千松を顔色ひとつ変えず見詰める正岡。 その様子から正岡を味方だと思い込んだ栄御前は、悪事の証拠である連判状を渡す。一匹の鼠がその連判状を奪い去るのを荒獅子男之助が捕えようとするが、妖術で鼠に姿を変えていた弾正は悠々と宙空を飛び去っていく。

国家老の渡辺外記左衛門は、御家横領をたくらむ罪状を菅領山名持豊に訴え出るが、鬼貫と通じる持豊は訴えを退ける。ここへ細川勝元が現れ・・・

このお話は、まさに「武士道」そのもの。特に、自分の子をかねてから主の子を守る布石として、身代はりになることを教へこんでゐた乳母。そしてそれを確実に実行する幼少の息子。

誰もゐなくなつてから、息子の死骸に「でかしやつた、やう死にしやつた」と主君を守り死んでいつた子に対する態度は、まさに「武士道」。

江戸時代に、七代市川團十郎が初演した際に、この早替りと宙乗り(宙吊り)を考案して実行したのだらうが。

すごいな・・・ この発想力と実行力。今と違ひ、電気がない時代に宙吊は全部手作業でやる物だから、相当難儀したと思ふがすごい。

そしてあの早替りもすごい。

歌舞伎を見るたびに、「鎖国してゐた日本に現れた、日本人の底力と美意識」を感じる。歌舞伎の衣装、舞台美術もかなり派手な色使ひが多いのだが、品がある。

着物を着ないのは勿体ないな、と見るたびに思ふ・・・・・    
 

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