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2013年1月 4日 (金)

新春浅草歌舞伎

けふは、浅草公会堂へ歌舞伎拝観に行つてまゐりました・・・・

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壱日で一度に昼・夜観てもいいのだが、以前やつたところ結構疲れたので、夜の部は14日に行く・・・・

昼の演目

最初に「お年玉」として《年始ご挨拶》  けふは、片山 愛之助丈が行ひました。一番前でバラの花用意して渡してゐた人がゐて、すごいな・・・と

「お年玉」の意味は、質問をした人に手ぬぐいを下さるからなんですね・・・ 

演目 壱   寿曽我対面 (ことぶきそがのたいめん)

江戸歌舞伎では初春に上演することが吉例となつてゐたといふ演目。曽我兄弟の仇討物語の人気の場面とのこと。

自分のふつつかな記憶では、曽我兄弟の物語は鎌倉時代の実在の人物を江戸歌舞伎でよく演じられてゐる、といふことなのだが・・・・

最初に鎌倉時代の話といふことを聞いたとき、「今ですら過去の江戸時代、その時代の人にとつても鎌倉時代は過去の話。日本ッてすごかつたのね・・・・」としみぢみ感じたので、記憶に残つてゐる。

曽我五郎と十郎の兄弟が、父の仇の工藤祐経に対面する場面。歌舞伎では、この3人が登場するお話が多々あります。

この話は江戸の人に相当気に入られたやうです。歌舞伎を続けて観ていくと、演目の中にちらちら出てくる「曽我兄弟」と「友切丸」

演目 弐   河竹黙阿弥作 極付 幡髄長兵衛 (ばんずいちょうべえ)

この話は、池波正太郎により「侠客」として小説となつてゐる。 何かのきつかけで、この小説を読んでゐたので、筋は知つてゐたが海老様、愛之助で演じられるのを見ると、なんか感激・・・・

長兵衛は江戸の町奴の頭として活動してゐるのだが、武士の中には長兵衛にとがめを受けて面白くないと思つてゐるのがゐる。

さうした武士、水野十郎左衛門(愛之助)に屋敷に呼び出れる長兵衛(海老蔵)。子分らは自分が代わりに行くと申し出るが、長兵衛は自ら行く。

毎回、歌舞伎の「時代物」を観て思ふのだが

江戸時代は、人が死ぬのが当たり前の時代だつたので、誰も死を恐れてゐないし、多少の怪我で大騒ぎしないし(運がよければ生きてゐるし、悪ければ死ぬと割り切つてゐる)、現代とその「死相感」に大きな開きを感じる。

しかし、人間がいつか死ぬのは当たり前のことであり、だうしたところで避けられない事態なので、現在の人も「死」に対して江戸時代のやうな「割り切り」を持つたはうがいいんぢやないのかな~と思ふ。

死ぬことに極度に恐怖とか嫌悪とか抱くから、当たり前のことを受け止められなくなり、医師・医療に頼りすぎるあまり、何かがをかしくなつてゐるやうに思ふ。

以前、震災後に「地震が来たら死ぬんだ」とバカのやうに恐怖を口にしてゐた男を見たが、こいつバカぢやないかと軽蔑心を抱いた。死ぬのが当たり前、と覚悟がないからこんなみつともないことを平気で言ふのであらう。地震が来なくても死ぬときは死ぬ。

話はズレたが

長兵衛は死ぬ(つまり、殺される)のを知り、それを覚悟で行くのでその「気概」が魅力を放つてゐるのだな、と思つた。

銀座に「幡髄院 長兵衛」と言ふ呑みやがあつて、そこで「長兵衛」と言ふ酒を呑んだが、美味かつた。

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