« 詳しい事はよく知らんが | トップページ | 生活保護支給対象を »

2013年3月21日 (木)

だから、もふほとんどTVニュウスは見ません(新聞も読んでません)

烏賀陽氏「カレンダー記事の安易さ」という項目はマスゴミの本質を指摘してる。

他の事柄に対しても、おなぢスタンス (-゛-メ)

「あれから2年」というカレンダー記事ばかり――残念な震災報道(Business Media 誠) - エキサイトニュース http://www.excite.co.jp/News/economy_clm/20130321/Itmedia_makoto_20130321017.html

2013年3月21日 08時00分                                    

岩手日報社が配信している「津波てんでんこ」

相場英雄の時事日想:

 3月11日。言うまでもなく東日本大震災から2年が経過した日である。当日、私は在京の新聞やテレビの報道を注視した。当欄で繰り返し震災報道の酷さを指摘してきた元メディア業界の人間として、いくらかは改善がみられるのではないという淡い期待を抱いていた。だが、“あれから2年”という紋切り型の記事、企画が大半だった。大震災報道を通じ、大手メディアの病根の根の深さを痛感した。

●またもや「今のお気持ちは?」

  3月11日の前日、あるいは当日に、東北沿岸被災地の多くの自治体が慰霊祭を開催した。これらの様子を新聞、あるいはテレビの報道で知った読者は多いだろう。私もその1人だった。だが、複数のニュース番組、あるいは情報番組で空いた口がふさがらない画像が流れたのだ。慰霊祭に出席した地元民に対し、複数の記者、リポーターがマイクを突きつけていた。

「今のお気持ちは?」……。

 震災発生直後の当欄で、筆者はこんな記事を書いた。

 画面に現れた地元民は喪服姿で、ハンカチを口元に当てていた。慰霊祭に出席し、故人に思いをはせていたのは明白。そこに「今のお気持ちは?」である。プロとして取材する以上、聞き方があるだろう、という強い憤りを感じたのだ。

 あの日から2年が経過したタイミングだ。私は、震災直後に被災地を訪れた際、民放や大手紙の若手記者に同じような聞き方をされ、立腹したという避難所代表を務めていた壮年の男性の言葉を思い出した。

 「自宅が丸ごと流され、知り合いが死んだ。食うや食わずの日がいつまで続くか不安で一杯なのに、『今のお気持ちは?』って聞くんだ。他に尋ね方ってもんがあるだろう」……。

 震災発生直後、大メディアの稚拙な取材手法に対してはTwitterなどで批判が渦巻いた。だが、結局報道の現場ではこうした教訓が全く生かされていなかったことになる。

 当欄で対談させていただいたジャーナリストの烏賀陽弘道(うがや・ひろみち)氏の著作『報道の脳死』(新潮新書)を改めて手に取ってみた。

 この中で烏賀陽氏は「カレンダー記事の安易さ」という項目でメディア業界の悪しき習慣に触れている。要するに、大きな事件や事故が発生して以降、“あれから何年”という主旨で記事が自動的に作られているという構図だ。同書の一部を以下、引用する。

 1.カレンダー記事は紙面を埋める記事が事前に予測できる。デスクなど内勤編集者のストレスが軽い。
前年を参考にすればよいので、記者は取材や執筆が楽だ。

 2.独自ダネ記事を用意するには、記者を事前に取材させなければならない。新しいネタを見つけるには経費や時間、手間といったコストがかかる……(中略)……カレンダー記事は「ニュースが発生したから」「記者がニュースを見つけたから」記事が掲載されるのではない。その日が来たら自動的に記事が発生する。記者の能動性を奪う。

 烏賀陽氏の指摘に、先の“あれから2年”を当てはめてみると、ピタリと符合する点ばかりなのだ。(後略)

|

« 詳しい事はよく知らんが | トップページ | 生活保護支給対象を »

あきれ果てる話」カテゴリの記事