文化・芸術

2017年2月15日 (水)

特別展「春日大社 千年の至宝」

けふは、こちらに行つてきました。

http://kasuga2017.jp/highlight.html

http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1814

一言、凄かつたですね・・・・

毎回、日本の武将はじめとした歴史を語る品の展覧会に行くと思ふのですが
今回、とくに思ひました。

日本ッてほんたうに 豊かな国 だつたのだなぁと

年月が1000年経過してゐると言へ、金で造られてゐることを感ぢさせるし
様々な色彩で彩られ、漆器の美しさと言ひ、絵巻や屏風、金銀銅等を
使つた奉納品。

原材料、加工する技術、百聞は一見にしかづと言ひますが、修復作業を行つたら
どれだけまばゆいものが出現するのかと感心しながら観ました。

とにかく素晴らしい。

自分の知識に置いて、春日大社の歴史、平安時代の信仰や文化の知識がないので
さういふ日本の文化とか歴史をきちんと学校で教はりたかつたなぁと痛感した。

現在は神社と寺社が分かれてゐるが、春日大社曼荼羅といふものがいくつもあり、
そこに神殿と如来、菩薩と仏教を連想する御仏が描かれてゐたのも印象的だつた。

極楽浄土に行きたくて、平安の貴族たちがこぞつて信仰を表すものを建立したのは
漠然と知つてはゐたものの、このやうに多くの曼荼羅や絵巻、奉納品などを
目の当たりにすると

神道と日本の文化

をきちんと詳細に学びたかつたな~、 日本文化を詳細に行ふ授業があつても
いいんぢゃないかな~と思ひます。

古事記を読んで行くと神社建立のきッかけがわかりますが、その神社の歴史
はほとんど語られません。

日本人が当然知つておくべき歴史や文化の授業がなく、捏造した歴史の授業ばかり
してゐるのは大問題だし、おかしいと思ひます。

花山院 弘匡氏が書いてゐる春日大社の書があるので、読むつもりです。

3月12日までなので、お時間のある方は是非ご覧になられることをお勧めします。

土日は凄い人だらうなぁ (;´Д`A ```

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2016年12月 4日 (日)

伶楽舎第十三回雅楽演奏会

11/30に、行つてまゐりました。

雅楽は東京楽所で「昔ながらの伝統」「奉納舞」のやうな形の公演を数回観てゐた限りだつたのですが、その東京楽所の公演でゐただいたチラシの中に、伶楽舎の公演のチラシがありました。

雅楽の活動をしてゐる方々が他にもゐるんだな~、とちよつと興味をもつてチケツトを購入してみました。もふ一つ興味が沸いたのは「舞」です。雅楽の伝統的な舞といふより、「クラツシツクバレエ」を学んだ勅使川原 三郎さんが振付、舞はれるとのこと。

衣装の写真もあつたのですが、どんな舞になるのかかなりの興味がありました。

当日、驚いたのはほぼ満席だつたこと・・・ こんなに多くの人が既に知つてゐて、演奏会にくるのかそれとも「武満 徹」氏の作曲(秋庭歌一具)だからなのかいろいろ考えましたが、とにかく人が多かつたです。

武満氏の曲は「幻想的」で少し苦手な部分もあつたのですが、オーケストラの演奏と、雅楽の楽器の演奏とかうも印象が違ふのかと驚きました。

雅楽の楽器の演奏のはうが、自分には合つてゐました。それに合はせた勅使川原三郎氏と佐東 利穂子氏の舞。 あの振付、よく覚えられたなぁといふ感慨とともに壱時間近く舞はれてゐるすごさに驚きました。お二人とも、かなり国際的に活躍されてゐるのですね、知りませんでした。

印象的な舞のはうを先に書いてしまひましたが、舞は「第弐部」でした。

「第壱部」は平安後期から室町時代にかけて11月の丑、寅、卯、辰の四日間にわたり宮中で酒と音楽を中心とした儀式が行はれてゐた、その再現でした。

演奏が「ボレロ」のやうに最初に一人、時間を置いて次の人、また次の人・・・といふやうに演奏が重なつてゐたかと思へば、止んで、止んで、止んで 別の曲・・・といふやうにこちらも初めて観た興味深いものでした。

そして「酒」を楽しんでゐるやうすを表現する、酔つた人の舞とか、皆の笑ひ声と歌声と当時の儀式の再現が面白かつたです。

日本はかなり平和な国だつたのだなぁと思はざるをへませんでした。 興味ぶかかつたので機会があればまた行きたいと思ひます。

以前もチラと言ひましたが、日本の伝統文化をないがしろにして世界の要人らにEなどといふサルマネダンスを見せた安倍は許さない。かういふ文化保護、発展に日本の税金を費やし、五輪は日本の伝統文化で開会式をやつてゐただきたい。

写真等はこちらに詳細があります。

http://reigakusha.com/home/sponsorship/2213

https://www.facebook.com/reigakusha/posts/1183129308433027

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2014年3月16日 (日)

古典への誘い

行つてまゐりました・・・  観世能楽堂に。 

詳細はこちら ↓

http://www.kabuki-bito.jp/news/2013/11/post_964.html

全国7都市において「市川海老蔵 古典への誘い」公演が行われます。

 「伝統芸能をわかりやすく、多角的に味わっていただきたい」と、海老蔵が企画した公演「古典への誘い」。昨年は、能の『石橋(しゃっきょう)』と歌舞伎舞踊『連獅子』という、同じ伝説を題材にした能と歌舞伎の演目を上演して海老蔵が解説を行い、今年は清元をテーマに『保名』『お祭り』を海老蔵が踊って清元の魅力を伝える公演が行われました。そして、3回目となる来年は、2012年の再演として行われます。

演目
 一、オープニングトーク
   市川海老蔵

 二、半能『石橋』
   観世喜正 亀井忠雄

 三、舞踊『連獅子』
   市川海老蔵 市川福太郎

オープニングトークッてなんぢゃらほいと思つてをりましたら

開演のブザアが鳴つて、照明が消えたところで一人の人が客席に入つてきた。

今頃来た人かと思ひきや、海老様でした

スウツで、マイク持つて・・・・  ∑(=゚ω゚=;)

そして「口上」とはせずにオープニングトークとした理由を説明してくれました。

なるほど、「口上」は舞台上で髷をつけて言ふものか・・・ 

ふうん φ(・ω・ )メモメモ

で、連獅子で出演の市川福太郎くんが演目の説明をしてくれました(させられたと言つたはうがいいのか)

市川福太郎くんは12歳ださうで、まだあどけなさが残るのですが化粧をして鬘をつけて衣装をつけると、しつかりとした役者の顔と言ひますか・・・・

何年やつてるんだろ、すごいなと思ふことしばしばでした。 同年代から見たら結構格好いいんぢゃないかとすら思ひます。

もし生まれたころから道が決まつてゐたのなら、本人に選びやうがないわけですが、これからだうしやうと暗中模索の人からみるとうらやましい面もあるし、すごいなあと思はれることもあるわけです・・・・

半能・・・  年始に京都八坂神社の初能を毎年観てゐた時期があつたのですが、それを思ひだしつつ観ました。 歌舞伎を観てゐて、能の演目から歌舞伎の演目が出来たものが結構ありますが、この演目もよかつたです。

考えてみると、自分の学生時代にかうした日本文化への教育など全く受けてをらず、世界無形文化遺産となつてゐる歌舞伎がある国なのに、その基本も教えず舞台を見せることもしない教育といふのはをかしい。

最近、やうやく教え始めてゐるが、かうしたことも反日日教組のこの数十年の事は許されるべきではないし、徹底的に将来排除されるべきと思ひます。

話がズレましたが。

連獅子・・・ 当たり前の話だが、経験の浅い福太郎くんと数十年の経験を積んでゐる海老様の舞は違ふものがあり、同時に海老様が辿つてきた道、といふかいろいろあつてここまで続けられて、かうも綺麗に舞ふものなのかなと感心・感動ゐたしました。

面白いのは、連獅子の化粧をした二人の顔が全くと言つていいほどおなぢ顔をしてゐたことです。

歌舞伎界の方々は血縁関係の方が多いですが、さういふところも関係してゐるのか、「選ばれた顔」を感じました・・・・

4月は京都で源氏物語をオペラと能の方々と一緒に公演するさうです・・・

観たいなあ、東京でも演らないのかなあ。。。。 

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2014年1月 4日 (土)

壽三升景清 (ことほいで みます かげきよ)

けふは、新橋演舞場に海老様の通し狂言を観に行つてまゐりました・・・

Geisha

この画、團十郎丈がお描きになつたのださうです

Cimg5352


海老様の海老・・・ かなりお上手。 観察力が鋭いのでせうか? 画が上手な方は観察力が優れてゐると思ひます。その観察力で紙に写し取つていく、といふやうなイメイジがあります。

今更言つても仕方ないけど、團十郎丈残念だな・・・   Teary

で、この景清ですが

平家一門が繁栄から源氏との戦いに敗れ没落するまでを描いた軍記物「平家物語」の中の登場人物の一人、悪七兵衛景清。「悪」は勇敢さを指すを言はれ、その名の通り源氏との戦いの中で勇将ぶりを発揮した景清は、「平家滅亡の後も源氏打倒を胸に秘め、頼朝の暗殺を37回も企てた」など、いわば”反逆の英雄”として数々の伝説的なエピソードが語り継がれてゐる・・・ とのこと

そして景清の話は二世團十郎が初演した「関羽」「景清」、四世團十郎が初演した「鎌髭」「解脱」があり七世團十郎が歌舞伎十八番の内として選定した演目に登場するさうです。

・・・ すごいな、海老様

てか、すごいな。日本・・・  400年前からずつと続いてゐる話だつたりするわけです。

團十郎に関しては色々著書があるが、わかりやすいのがこちら 
http://blog.goo.ne.jp/liebe-kdino-schumi/e/d5de6fca2c8c62aa3cbbda189b749675
二代目市川團十郎

http://blog.goo.ne.jp/liebe-kdino-schumi/e/f8f9af0330e09e793203c40561baceef

團十郎の歌舞伎案内

けふの公演を見て・・・ 三幕目はかなりセツトも大がかりだつたのですが

海老様、歌舞伎の良さを伝へやうと一生懸命なんだな~と思ひました。

亡くなつた中村勘三郎丈も、歌舞伎のよさを伝へやうと一生懸命な人でした。勘三郎丈は、歌舞伎入門のやうな演目を結構上演して、歌舞伎は堅苦しくなく楽しいもの、といふイメイジを抱いてほしいといふ気持ちが伝はつてくる上演が多い人でした。

海老様は、勘三郎丈のやうな路線とは少し違ふけど、今だうやつて歌舞伎の良さを伝えて行かふか、伝統と新しいものを取り入れる暗中模索の状態のやうに感じられます。

でも、歌舞伎のよさを伝えたい、といふ気持ちは三幕目の終盤でかなり伝わりました・・・

歌舞伎を伝える役目を担つた、歌舞伎役者 といふのは生涯を通じて大仕事なのですね・・・・

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2013年10月17日 (木)

古典への誘い

http://ameblo.jp/ebizo-ichikawa

市川海老蔵 古典への誘い〜江戸の華〜 

http://www.zen-a.co.jp/ticket/%E5%B8%82%E5%B7%9D%E6%B5%B7%E8%80%81%E8%94%B5-%E5%8F%A4%E5%85%B8%E3%81%B8%E3%81%AE%E8%AA%98%E3%81%84%E3%80%9C%E6%B1%9F%E6%88%B8%E3%81%AE%E8%8F%AF%E3%80%9C/

けふは、こちらに行つてまゐりました・・・・

歌舞伎座の杮落し公演は、すぐに完売で全然行けず・・・ 12月も取れるのやら

かなり久しぶりに拝観ゐたしました、海老様のお姿

相変はらず お美しい・・・・ 

お祭り、は以前お正月の1月公演で拝観したことがありました。 海老様演じる鳶頭の格好よさに気を失ひさうになりながら、手ぬぐいほしいよ~と思ひつつ、飛んでこなかつたけど・・・・

お正月の公演の時は多くの役者さんが出てたけど、今回は海老様おひとり

惜しい所で、手ぬぐいは飛んでこなかつた・・・  Rolling Eyes

しかし、海老様は格好よかつた・・・ 江戸時代にかういふ人、絶対にいたよね!!と信じさせてくれる格好よさであつた。 役者が演じてゐるといふより、ゐたでせう!と感じる格好よさ。

しかもいいな~と思ふのは、鳶頭が「ちらり」と見せる刺青ですね。

鳶頭は別に「人を脅すため」に刺青をしてゐるわけではないでせうから、どこかの日本が嫌ひなくせに刺青など日本文化をかじり、人を脅す道具にして不必要に刺青を見せつけ、トラの威を刈る狐のやうなトンスル民族とはエライ違ひです。 

鳶頭の「チラリズム」を見て、みっともないトンスル民族がかなりみじめなものであると思ひだしてしまひました。

はつきり言ふが、「粋がない」よ、トンスルは。鳶頭の「粋」なチラリズムで余計引きたて役だわ

口上で海老様が 「歌舞伎を初めてご覧になる方」と訊いたところ、結構多くの方が初めて観覧に来てゐたのに意外な感じもしました。

しかし、歌舞伎座で昼の部夜の部とみるとなると、時間が長くそして午前11時とか午後4時からなので、日中仕事をしてゐる人達にとつては行くのが難しい事もある。 そして、長丁場でありいろいろな仕掛け等々の問題であらう、結構入場料も高い。 初めて行くにはなんか躊躇する・・・ 手ごろな値段の席は結構すぐに売り切れる・・・・

といふことを考えると

18時半からで、長丁場でもなく歌舞伎入門といふ演目といふ試みは「多くの人に歌舞伎を観てもらふ」ところでよいと思ふ。

一つのきつかけで、興味が出てまた来たいとなれば次につながつてくる

海老様、さすがです。

そして常々思つてゐるけれど

政府がもつとこの「世界文化遺産」である歌舞伎を大事にして、補助金をだし(外国人への費用出費は止め、日本の為に使へ)入場料を下げて多くの人が見られるとか歌舞伎役者や興業元、伝統文化に携はる仕事をしてゐる人達が困らないやうにすべきである。

これまでの自民党はじめ官僚は、ソ連シナ賞賛の共産主義者であつたから反日なのは当たり前。 今もその残りが騒いでゐやがるが、かういふのは日本国民が抗議をして意見を言つて変えていく必要がある。

その一部に、この日本の伝統文化に対する事も入つてゐる。

話がズレたが

清元  江戸時代の流行歌、と捉えればいいのであらうか。なんか、時がゆつくりと流れてゐたやうな感を起こさせたな~ 江戸の人はせつかちだつたみたいだけど、反面あのやうなゆるりとした音を口ずさんでゐたのが面白い

清元「保名(やすな)」  口上で、海老様があらすじを説明してくれた。 安倍保名は、悪人の計略にかかって自害してしまった恋人・榊の前を想い 心乱れ、狂乱に陥り、榊の前の形見の小袖を抱きしめ、春の野辺 をあてもなく彷徨い歩く保名の姿・・・  

なんて言ふんでせうね。

江戸時代の人は随分とロマンチツクと言ふか、風流ですよね・・・・ 

亡くなつた恋人を想ひながら、あてどもなく彷徨ふ人を舞で表現してゐたわけです。

なんといふか、繊細と言ひますか、「悲劇」を舞で表現しもののあはれを観劇するといふ感覚が、現在の日本人には忘れ去られてゐるといふか・・・・

洋物が押し寄せて、日本本来の感覚や表現を忘れてしまつた感があります。

保名(やすな)は、そんな日本人の本来の感覚を表した舞だと思ひます・・・・

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2013年3月18日 (月)

三月花形歌舞伎

土曜日は、歌舞伎を拝観してまゐりました・・・・・

当初は、シエイクスピア オセロウ を團十郎丈、海老蔵丈の共演で行ふ予定だつたのですが

團十郎丈の体調不良から海老蔵丈の歌舞伎に変更となり、團十郎丈が逝去されたのはご存じのとおり・・・・

團十郎丈の前には勘三郎丈も逝去されてをり

海老様とご縁の深い方々が御隠れになつてしまひ、あたくしも悲しみに暮れました・・・

Crying

上演された演目・・・

一、 夏祭浪花鑑 (なつまつりなにわかがみ)

二、 口上

三、 高坏 

口上で、海老様が勘三郎丈と團十郎丈の「想ひ出」について語つてくださいましたが

この2つの演目は、勘三郎丈にお稽古をつけてゐただいたものなのださうです。

「夏祭浪花鑑」に関しては勘三郎丈がアリゾナに滞在してゐたため、アリゾナまで行つてお稽古をつけてゐただいたとか。その際のエピソオドなど大変楽しいものでござゐました。

團十郎丈のエピソオドも大変楽しく、微笑ましいものでござゐました。

勘三郎丈と團十郎丈のお二人の舞台をそれぞれ拝観し、「助六由縁江戸桜」で共演を拝観したあたくしには

お二人がこんなに早く逝かれてしまつた事が残念で、涙が出てしまひました。

「高坏」を拝観したときに、勘三郎丈が赤坂歌舞伎として「棒しばり」を上演した時のことを思ひだしました。 実際、演じられたのは勘九郎丈と七之助丈だつたのですが、「高坏」は似た舞台と、酒を呑んでよい気分になつた冠者が舞を魅せてくれる部分がよく似てゐます。

その高坏を観ながら、勘三郎丈の酒呑童子も同時に思ひだした

あの人、お酒を好きなんだな~と思ひながら観てゐたことを思ひだした

「演技」なのだが、楽しく酒を呑んで酔つてゐますといふ「楽しさ」が伝はつてくる演技だつた

海老様の「高坏」も同様だつた

高足を履いて酔つて舞ふやうすが、大変可愛らしかつた・・・・ 海老様の子供時代ッてあんな可愛い顔して笑つてたんだらうか?と思ふやうな可愛らしさだつた

「夏祭浪花鑑」は、いかにも江戸時代の話だつた。

殿様に自分の命を捨ててでも、尽くす、御守する・・・といふ「大義」がある時代の話だと思つた。

日本人は今その「大義」を失くしてゐるやうに思ふ。それゆへ、成金趣向になつてゐるやうに思ふ

歌舞伎を見て、江戸時代の精神を知ることができ、「日本を取り戻す」といふことが何なのか・・・?

と考へる。

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2013年1月14日 (月)

新春浅草歌舞伎 第二部

けふは Windchill 雪と風のなか・・・・

浅草歌舞伎に行つてまゐりました・・・・ 

第二部だつたので、午後三時開演

何気なく、テレビをつけたら「大雪情報 ++線一部遅れ」Shock

拙宅から浅草まで、この線を使ふので 顔面蒼白状態になり早々に支度・・・・

家から駅まで、すでに積り明日だうしやう状態でありながら

無事開演前に到着・・・・

演目:

一、彦山権現誓助剱 (ひこさんごんげんちかいのすけだち) 毛谷村(けやむら)

二、寿初春 口上

三、歌舞伎十八番の内 勧進帳

これまでのあたくしのおぶろくを読んでゐただいてゐる方は、既に御存知と思ひますが

あたくしは 海老蔵丈が大好きです

なので、基本海老様が出演する歌舞伎しか行きません 

従つて、おぶろぐも、海老様云々となります (歌舞伎全般的な見解を期待しないでください)

演目壱 彦山権現誓助剱 

にて、海老様が杣斧右衛門といふ、村人といふか野良仕事のおとッつあんで出た時、正直驚いた

眉毛を付けてゐるんだが

こんな役があるんだ・・・といふくらい、「いつもの色男」ではなく、話し方も「藤村俊二のまんが日本昔ばなし」のやうであつた

このやうな役は初めて見たので、かなり驚いたけど、半ば感心した・・・・ 役者ッてのはイメイジ云々ではなく「役になりきる」のが仕事なのだが、改めて「すごいな」と思つた

余談だが、歌舞伎から離れて一人芝居(何役かの)をやつてみると海老様の魅力がよくわかると思ふ・・・・ (江戸川乱歩の、一人語りの話を刑事と犯罪者と回りの人を演じるとか・・「人でなしの恋」とか)

演目 弐  口上  毎年、初春に市川家の「にらみ」を観劇すると無病息災で壱年を過ごせるといふ、初春に必ず海老様が申してくださるものでござゐます。

御目にかかつたのは久しぶり・・・ 以前拝観した時より若干形が変つてをりましたが、この「静かなにらみ」もいいなぁ・・・と  

それにしても、お顔を上げられた時から 「いい男だぁなぁ」 としみぢみ

あたしゃ、惚れちまつたのさ・・・ (ポン、と煙管をたたく・・・)

とやりたくなる御美しさであります。

口上はこのお姿で行はれます

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演目参  かの有名なお話、勧進帳。 安宅の関での富樫と弁慶のやりとりが見物のお話であります。

実はあたくし、海老様の弁慶は初めて観ました。今まで團十郎丈の弁慶でござゐました。

「助六」を拝観した時も思つたのですが

まあ、お二人の性格の違ひが顕著に表れてゐるやうな気がゐたしまして、大変興味深く拝観ゐたしました。

それにしても

このお話、演じるの相当難しいんだらうなぁ・・・・ど素人ながら思ふ富樫と弁慶の「からみ」であります。

富樫は片岡 愛之助丈が演じられました

お二人とも御若いので、迫力のあるやりとりに感じられました。観るたびに思ふのは、実際義経と対面した富樫のお話なのかわかりませんが・・・

ほんたうだとすると、富樫は絶対に義経と確信して関を通したのだなぁと思ひ、さう思ふと感涙が止まらなくなるのであります。

とくに、富樫と弁慶のやり取りのうちにその感涙が押し寄せてきて、涙を堪へて拝観するといふ毎度のことなのでありますが、けふは尚更その涙が押し寄せてまゐりました

いつぞやの、20代の海老様の、弁慶を演じる苦悩の番組が思ひだされたこともあるやもしれません・・・・

退出する弁慶の「飛び六方」

歌舞伎を観るたびに、最初に考へた人(市川家代々の方々 初代からの團十郎の肖像http://www.naritaya.jp/naritaya/ 家系図 http://www.naritaya.jp/naritaya/tree/ )

すごいな・・・と思ふのである。

そして、それを受け継いで今にゐたり魅せてくださつてゐる方々・・・

けふの勧進帳、感動ゐたしました  

海老様  歌舞伎を演つてゐてくれてありがたう・・・・ 

海老様と酒呑みたいなぁ・・・・ もちろん、日本酒ですよ (* ̄ー ̄*)

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2013年1月 4日 (金)

新春浅草歌舞伎

けふは、浅草公会堂へ歌舞伎拝観に行つてまゐりました・・・・

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壱日で一度に昼・夜観てもいいのだが、以前やつたところ結構疲れたので、夜の部は14日に行く・・・・

昼の演目

最初に「お年玉」として《年始ご挨拶》  けふは、片山 愛之助丈が行ひました。一番前でバラの花用意して渡してゐた人がゐて、すごいな・・・と

「お年玉」の意味は、質問をした人に手ぬぐいを下さるからなんですね・・・ 

演目 壱   寿曽我対面 (ことぶきそがのたいめん)

江戸歌舞伎では初春に上演することが吉例となつてゐたといふ演目。曽我兄弟の仇討物語の人気の場面とのこと。

自分のふつつかな記憶では、曽我兄弟の物語は鎌倉時代の実在の人物を江戸歌舞伎でよく演じられてゐる、といふことなのだが・・・・

最初に鎌倉時代の話といふことを聞いたとき、「今ですら過去の江戸時代、その時代の人にとつても鎌倉時代は過去の話。日本ッてすごかつたのね・・・・」としみぢみ感じたので、記憶に残つてゐる。

曽我五郎と十郎の兄弟が、父の仇の工藤祐経に対面する場面。歌舞伎では、この3人が登場するお話が多々あります。

この話は江戸の人に相当気に入られたやうです。歌舞伎を続けて観ていくと、演目の中にちらちら出てくる「曽我兄弟」と「友切丸」

演目 弐   河竹黙阿弥作 極付 幡髄長兵衛 (ばんずいちょうべえ)

この話は、池波正太郎により「侠客」として小説となつてゐる。 何かのきつかけで、この小説を読んでゐたので、筋は知つてゐたが海老様、愛之助で演じられるのを見ると、なんか感激・・・・

長兵衛は江戸の町奴の頭として活動してゐるのだが、武士の中には長兵衛にとがめを受けて面白くないと思つてゐるのがゐる。

さうした武士、水野十郎左衛門(愛之助)に屋敷に呼び出れる長兵衛(海老蔵)。子分らは自分が代わりに行くと申し出るが、長兵衛は自ら行く。

毎回、歌舞伎の「時代物」を観て思ふのだが

江戸時代は、人が死ぬのが当たり前の時代だつたので、誰も死を恐れてゐないし、多少の怪我で大騒ぎしないし(運がよければ生きてゐるし、悪ければ死ぬと割り切つてゐる)、現代とその「死相感」に大きな開きを感じる。

しかし、人間がいつか死ぬのは当たり前のことであり、だうしたところで避けられない事態なので、現在の人も「死」に対して江戸時代のやうな「割り切り」を持つたはうがいいんぢやないのかな~と思ふ。

死ぬことに極度に恐怖とか嫌悪とか抱くから、当たり前のことを受け止められなくなり、医師・医療に頼りすぎるあまり、何かがをかしくなつてゐるやうに思ふ。

以前、震災後に「地震が来たら死ぬんだ」とバカのやうに恐怖を口にしてゐた男を見たが、こいつバカぢやないかと軽蔑心を抱いた。死ぬのが当たり前、と覚悟がないからこんなみつともないことを平気で言ふのであらう。地震が来なくても死ぬときは死ぬ。

話はズレたが

長兵衛は死ぬ(つまり、殺される)のを知り、それを覚悟で行くのでその「気概」が魅力を放つてゐるのだな、と思つた。

銀座に「幡髄院 長兵衛」と言ふ呑みやがあつて、そこで「長兵衛」と言ふ酒を呑んだが、美味かつた。

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2012年11月25日 (日)

市川團十郎 荒事の世界

日比谷図書館の特別展示室で、28日まで公開してゐる、こちらに行つてまゐりました

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千代田区民は無料、他の人は大人300円、学生割引(100円か?)で見られます。

あまり広いものでもなく、多くが展示されてゐるわけではないが

必見なのは

衣装、衣装です。

あれ、何代目の使用してた衣装なんだろ?

機械の無い時代、手作業で何日かかつて何人で仕上げたのか?

役者一人であれだけいろいろ衣装を揃へるとなると、役者一人でいくら稼がねばならないのか??

もふ、考へれば考へるほど、謎といふかすごさが実感され、そしてそれを現在まで350年以上続けてゐるこの伝統の御家のすごさに

ただただ、驚く。

歌舞伎は世界遺産なのであるから、民間の松竹が興業するほか、きちんと国が補助して公演も後押しし、もつと安い値段で多くの日本人が観られるやうにしてほしい。

そして、歌舞伎の関係者、衣装その他に従事する人たちの生活も保障する位力を入れてほしい。外国人へのバラマキ等止めて、日本は日本人と日本文化に金を使ふべきだ!!

すごい文化ですよ、歌舞伎といふのは

もちろん歌舞伎だけでなく、能、文楽他古来の日本で始まつたものはもつと国民が慣れ親しむ機会を設け、大事にしていくやうに国が政策を決めて保護するべきだ。

12月2日まで早稲田大学で 八代目市川團十郎展を開催してゐるので、そちらもぎりぎりになるが、1日に見に行く。

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2012年8月18日 (土)

八月花形歌舞伎 夜の部

先に昼の部を投稿したが、きのふは夜の部を拝観した。

四世 鶴屋南北 作 文化12年(1815) 江戸河原崎座で七世市川團十郎が初演。昭和54年に三代目市川猿之助(現・猿翁)が復活上演した後、再演を重ね「三代猿之助四十八撰」の一つとなつてゐる。海老様の上演を見るのは今年で2回目。

慙紅葉汗顔見勢 
 三代猿之助四十八撰 伊達の十役 市川海老蔵十役早替り宙乗り相勤め申し候

発端   稲村ヶ崎の場
序幕   鎌倉花水橋の場
      大磯廓三浦屋の場
      三浦屋奥座敷の場
二幕目  滑川宝蔵寺土橋堤の場
三幕目  足利家奥殿の場
      同  床下の場
四幕目  山名館億書院の場
      問註所門 前の場
             同  白洲の場

十役 (仁木 弾正、絹川与右衛門、赤松満祐、足利頼兼、土手の道哲、高尾太夫、腰元かさね、乳人 正岡、荒獅子男之助、細川勝元)を侍から坊主、女形と早替りで演じわけるところが、見どころ。すれ違ひざまに入れ替はるすごさ、ただ驚嘆・・・・

題材は仙台藩のお家騒動らしい。

あらすじ・・・

足利家の重臣 仁木弾正は父赤松満祐の亡霊に出会い、亡父の大望である足利家打倒を決意する。

その後、弾正は大江鬼貫(おにつら)と結託し、当主頼兼を傾城高尾太夫にいれあげさせる。絹川与右衛門は忠義のため自らの妻かさねの姉である高尾を斬り殺し、ついには高尾の例が乗り移ったかさねをも手にかける。

頼兼の放蕩により家督を相続した幼君 鶴千代を乳母 正岡が守護してゐる。栄御前が鶴千代に差し出した菓子を、正岡の子千松が代わりに口にして苦しみだす。弾正の妹八汐になぶり殺しにされる千松を顔色ひとつ変えず見詰める正岡。 その様子から正岡を味方だと思い込んだ栄御前は、悪事の証拠である連判状を渡す。一匹の鼠がその連判状を奪い去るのを荒獅子男之助が捕えようとするが、妖術で鼠に姿を変えていた弾正は悠々と宙空を飛び去っていく。

国家老の渡辺外記左衛門は、御家横領をたくらむ罪状を菅領山名持豊に訴え出るが、鬼貫と通じる持豊は訴えを退ける。ここへ細川勝元が現れ・・・

このお話は、まさに「武士道」そのもの。特に、自分の子をかねてから主の子を守る布石として、身代はりになることを教へこんでゐた乳母。そしてそれを確実に実行する幼少の息子。

誰もゐなくなつてから、息子の死骸に「でかしやつた、やう死にしやつた」と主君を守り死んでいつた子に対する態度は、まさに「武士道」。

江戸時代に、七代市川團十郎が初演した際に、この早替りと宙乗り(宙吊り)を考案して実行したのだらうが。

すごいな・・・ この発想力と実行力。今と違ひ、電気がない時代に宙吊は全部手作業でやる物だから、相当難儀したと思ふがすごい。

そしてあの早替りもすごい。

歌舞伎を見るたびに、「鎖国してゐた日本に現れた、日本人の底力と美意識」を感じる。歌舞伎の衣装、舞台美術もかなり派手な色使ひが多いのだが、品がある。

着物を着ないのは勿体ないな、と見るたびに思ふ・・・・・    
 

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